2010年6月11日金曜日

デザイン思考のエッセンス(後)

前編では今年度と昨年度のミニプロの概観、相違点についてを書いてきましたが、その結果浮かび上がってきたのは次のようなことです。

<相違点・問題点>
輪読(座学)をしなかった
課題設定に割く時間が激減した
プロトタイプの完成、トライアルまで実行する班が多かった


ということで、最初の輪読の話からつらつらと。

輪読を強制しなかった分、課題図書を読むかどうかはそれぞれの班に委ねられるようになりました。よって、デザイン思考のプロセスを辿りながらプロジェクトを行ったのか、という点に関しては疑問が残ります。実際のところ、多くの班ではデザイン思考とは違った方向性でプロジェクトが進められているような班も見受けられたように感じます。

こういった事態を回避するために、プロジェクトの最終週に関しては振り返りの週と位置づけ、一度しっかりとデザイン思考と向き合ってもらいたいという思惑がありました。この点については大体狙い通りだったと思います。それも班の裁量、という部分もありますが。


プロトタイプの話については議論が大分なされていると思うので省略し、「課題設定が甘かった」という話題について書いていこうと思います。


課題設定が甘い、ということそれ自体はミニプロに限って言えば実はそこまで問題はありません。というのもこれが大きく影響するのは、こういったプロジェクトが実際に世の中に出る時や、ビジネスモデルを考えたりしなければならない時だと思っています。

課題設定というのは、「このプロジェクトが(またはプロジェクトで生み出されるものが)本当にユーザーにとって価値があるものなのか?」というところに密接に関係すると思っています。哲学とビジョンとかは特にこういった部分に当てはまるのかな、と。ワークモデル分析やペルソナとかもこれに当てはまると思います。

本当であれば、この課題設定の部分で大きな共感を呼ばなければならない。というのも、モノが「売れる」というのはモノが多くの人に受け入れられるということ。多くの人がそれが必要だと感じてくれなければモノは売れません。人にとって価値のあるものでなければ、結局のところモノは売れないのです。

だが、今年度のミニプロではここの部分を疎かにしてしまった。結果何が起こったかというとアイデア自体は面白いものが出たにも関わらず、長く使っていくイメージが持てるサービスやモノはあまり生み出されなかったと感じています。ぱっと見の面白さはあれど、飽きられて使われなくなってしまうのではないかと思うものも多かったです。

「つくって・かたって・ふりかえる」というのはデザイン思考において非常に有効な手段であることは今回のミニプロで分かったのですが、これだけでは課題設定というのは深掘りされないのではないか。これ以外にも留意する点や、別の視点で物事を進めていかないと、特にビジネスになったときには大きな傷を負う可能性もあります。特に本プロでは企業と提携している場合が多いので、ここが重要なポイントとなる可能性も十分にあるでしょう。

ということで、次のミニプロへの提言。あくまでデザイン思考を学ぶことを目的とした場合についてです。

・輪読はプロジェクトと同時並行で強制的にやらせる
・振り返りの週は各班しっかりとやったほうがいい
・デザイン課題の設定にはもう少し時間を割いても良いかも(プレゼン1回分ぐらい)
・↑の理由より、全部で6週ぐらいあったほうがいい?(2週×3)
 (課題設定/1stプロトタイプ/2ndプロトタイプ という感じ)

という感じで〆させて頂きます。ご意見があれば何なりとコメントでどうぞw

2010年6月5日土曜日

エスノメソドロジー×ライフログ

【情報共有】
エスノメソドロジー:
歯医者さんからの宿題 ~無意識下の行動に気づく工夫~
http://do-gugan.com/~misawa/archives/2010/02/post-201.html
"今日、歯医者さんから宿題がでました。ちょっと変わった宿題です。
それは、「PCモニタの隅にシールを貼って、目に入ったら、自分の歯を意識する」
っていうもの。私は、集中すると歯をくいしばる癖があるらしく、歯に大きな負担が
かかっているのだそうです。しかも、いつも無意識にやっている。だから、まずは
自分の行動を意識する訓練をしてみよう、というのが、この風変わりな宿題です。
--
歯医者さんでも、歯が痛いからって、歯の表面だけを治療しているようでは、
その場しのぎの問題解決しかできないってことですね。
根本的な治療をするためには、問題の奥に潜む人間性、生活環境に着目して、
興味のもてる改善策を、長い目で支援する。
そんな、HCDのアプローチを歯医者さんで感じました。"

といった記事なんですが、思慮深いですね。
デザイン思考の歯医者さんとかかっこいい!

無意識下の行動を抑制するためには、
その人の日常的行動に意識を誘導する動線を引けばよい
と、ちょっとした教訓が見えます。

自分はこの無意識下の行動に対する気付きの手段として
ライフログって有効なのではないかと考えています。
自動で蓄積されるログか、もしくは他者に蓄積してもらったログ。

歯医者の例ではないですが、
表面上の問題を取り除くだけでは根本的な解決に至らないような事象に対して
本人にその本質的且つ無意識下の問題を認識させる手段としてのライフログ。

「1日127回歯を食いしばってます」とか
「今日はまだ一度もトイレに行っていません」とか
「mtgの間ずっと怖い顔していました」とか
このままではよくないですよ的なログがあれば
嫌でも意識させることができるんじゃないかな。

理想の状態がどんなか、って定義するのは難しいけど、
データとして、定量的な他者との比較があれば素直に受け入れられるし、
そのログを歯医者さんに見せることで、解決策が見いだせるかもしれない。

エスノメソドロジー×ライフログはなかなか熱いと思う。

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[追記]
自分で取るライフログって意識してやってるから
あまり無意識の行動に対する気付きはなさそうな気がします。
且つ、先の例みたいに「集中すると歯を食いしばる」って
意識的には気付きようがないことですよね。

確かに日記を書くとき、自分の経験を整理する中で
新しい自分の側面というか感覚というかを発見することはあるかもだけど、
もっと何気ない行動こそ「毎日習慣的に行われていること」だから
気付くことに価値があると思うんです。

でまぁ、意味がある情報をいかに蓄積するか、
それをいかに解釈するかが問題なんですけども!

2010年6月3日木曜日

オンラインゲーム×トレーディングカード

【情報共有】
リアル×バーチャル
Moshi Monsters、アバターの画像からトレーディングカードを作るサービスを開始
http://www.secondtimes.net/news/world/20100222_moshimonsters.html
"イギリス・ロンドンに拠点を置くMind Candy社が、同社が運営する子供向けの”怪物”仮想空間「Moshi Monsters」にて自分のアバター画像を印刷してトレーディングカードを作るサービス「Moshi Trumps」を開始した。

「Moshi Trumps」は、自分のプロフィールページのURLとアバター画像、友達の数、ゲームのスコアなどを印刷し、トレーディングカードを作ることができるサービス。友達と交換し合うだけでなくデッキを作ってゲームをすることもできる"

なんてことのない記事ですが、
ネット上で自分が構築したキャラクターが
カード化されるのって面白いかも!と思ったので共有します。

昔でいうカードゲームって、遊戯王とかポケモンとかで、
かなり小学生の間で流行ってましたよね。自分もけっこうハマってました。
ゲームボーイでも、遊戯王やポケモンはよくやっていましたが、
カードゲームには、ゲーム機とはまた違った楽しさがあったのを覚えています。

昔のカードゲームのハマる要素は、
人と対戦できるゲーム性、
実際に物質的なモノを体感できるリアリティ性、
希少価値や種類の量を求めるコレクション性の3つが主だと思います。

ここで、記事にあるような、
ネット上で構築したものがリアルに反映されるとどう面白いのか。

一つは「自分次第でキャラクターが変わること」
ネットの世界にコミットすればコミットするほどカードの質も変わることで
旧カードゲームの、購入やトレードに加えて「成長させる」という選択肢が
増えることになる。それによってゲーム性が向上しそう。

次に、「形に残ること」
これはネット上に流れる時間を一旦あえて遮断することで、
成長の段階を追える楽しさがあると思う。
例で言うと、「ピカチュウ→ライチュウ」って進化する過程で、
ピカチュウをピカチュウのまま保存するというか記録に残すというか、
流れの中で消えてしまうものを形に残すのがリアリティの醍醐味。

最後に、「自分だけのキャラクターであること」
単純に自分だけのやり方・タイミングで育てたものは他にはない価値となる。
クラウドソーシング的な発想で、ひとりひとりが育てたキャラクターなら
もしかしたら種類は限りなく作れるかもしれないし、コレクション性は◎。


自分の想像しているものは、記事にあるサービスとだいぶ違うけど、
オンラインゲームとトレーディングカードの組み合わせは
なんだか新しい価値を生みそうな気がします。
似たような発想の内容で、記事があったので以下に載せます。

オンラインゲームにも通じる? トレーディングカードゲームビジネスの今。
木谷氏に聞く,コンテンツビジネス最前線
http://www.4gamer.net/games/085/G008583/20090525032/index_2.html

(今のトレーディングカードってこんなんばっかなんですかね。少しショック。)

2010年5月22日土曜日

デザイン思考のエッセンス(前)

◎より良いminiプロジェクトのために

現在、ゼミではminiプロジェクトと称して、デザイン思考を実践して実際にモノを作り出す、という活動を4人チーム×8班で行っています。ゼミ全体としてはオリエン期間という位置付けです。

さてさて、プロジェクトの内容もさることながら、「デザイン思考を学ぶ」という裏テーマがあるわけなのですが、多くの人が若干そこから目が離れているような気がするので、ここで今年のminiプロジェクトとデザイン思考について考えてみようかなと思っています。

miniプロジェクトの進め方というのも毎年変化させていかなければなりません。デザイン思考を学ぶという目的が変わらないのならば、より良い方向を目指すのは当たり前のことなのです。今年もminiプロジェクトが終わりそうな今、昨年度と今年度の比較というのをそろそろ纏めるべき時に来ているのでしょう。まずは昨年度の状況をまとめてみます。

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【2009年度】
参考書:デザイン思考の道具箱・HCDToolkit・ペルソナ作ってそれからどうするの?

<スタイル>
各参考書を読みながら、その本の方法論に則って順番にプロジェクトを進めていくというスタイル。

<状況>
前半は各プロジェクトが同じようなスタートを切ったものの、問題意識の設定、哲学・ビジョンの作成で多くの班が苦戦、後半にかけて各班におけるプロジェクトの進行度が開いていった。哲学・ビジョンの設定に苦しみ、テーマが右往左往するのは当たり前、完全に別のテーマになってしまう班もあった。

デザインの上流過程に大分時間を取られてしまい、プロトタイプの作成が精一杯の班が多く、それを実際実践したり、プロトタイプを作り直すといった段階まで進んだ班はほとんど見受けられなかった。

ここから生まれた、または予想される問題点としては「哲学、ビジョンや問題意識の設定という部分に多くの時間を割きすぎ、デザインの下流工程について触れる時間がほとんどなかった」ということが挙げられる。また「本に則りすぎて、余計に混乱してしまう」という一幕もあった。

さて、この問題点を踏まえて2010年はどうなったかというと…

【2010年度】
参考書:デザイン思考の仕事術

<スタイル>
「つくって・かたって・ふりかえる」というモットーのもと、プロトタイプ重視でプロジェクトを進める

<変更点>
前半部分に時間を取られすぎたという、昨年度の課題を踏まえ、デザイン思考における周回というものを意識したスケジュールへと変更。5週間で「つくって・かたって・ふりかえる」というプロトタイプ作成までの流れを2周行うというスケジューリングへ。

また参考書を読んでプレゼンするという、デザイン思考のプロセスについて全体で学びながら進めるという機会をなくし、代わりに第6週をデザイン思考のプロセスにおける振り返りのための1週間を位置づけた。本に書いてある手順に則ってプロジェクトを進めるよりも、壁にぶち当たったら班内で臨機応変に対応して欲しいとの要望である。

<状況>
プロジェクトは現在進行中であるものの、ある程度の傾向は見えてきた。2週間でプロトタイプを完成させなければならないという縛りから、多くの人が早い段階からプロトタイプの作成に取り掛かるようになった。また、プロジェクトのテーマという観点からもプロトタイプを作ってトライアルをしやすいテーマが選ばれるようになるという変化があったのである。多くの班がプロトタイプの作成、トライアルの繰り返しを行うという状況にあるが、問題点も存在している。

前半部分をスピーディーに行おうとしたスケジューリングだったが、結果としては前半部分の欠如に繋がってしまった班も出てくることになってしまった。前半部分とは、ここでは問題意識の設定という部分だと捉えてもらってかまわない。問題意識の設定にあまり時間を費やすことが出来ず、どちらかというとアイデアベースで物事を進めてしまった班も多いのではないか。

また、全員でデザイン思考の書籍を輪読しないというスタイルも検証が必要である。多くの人がデザイン思考という手法を意識してプロジェクトをしていたかどうかというのが、まだ僕にもよく分かっていない。その状況下でいきなりプロジェクトに放り出されてデザイン思考の手法を用いることが出来たのかどうか。

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後編では、本年度のミニプロにおける改善点・問題点を更に深掘りし、デザイン思考のエッセンス、来年のミニプロの方向性について考察することにしますのでお楽しみに(笑)

2010年5月4日火曜日

Student apathy

こんばんはー。
同じく慶應義塾大学武山政直研究会の池田憲弘です。

僕の場合は自分が考えたことや面白かったことなどについての適当なアウトプットの場所になるかと思います。軽い気持ちで読んでみてください。

最近、ステューデントアパシーという言葉を知った。アパシーとは、心理学用語なのだが、精神疾患や脳器質疾患に見られる無感情や感情鈍麻の状態を指し、無気力・無関心・無快楽が主な特徴とのこと。

こう見ると、非常に重々しく見えるが、これを大学生特有の状況に当てはめたものが、大学生アパシー、スチューデントアパシーということ。特徴的な症状は、「大学生の本業である勉強のみに対する無関心で、アルバイトなど勉強以外のことに対してはまじめに取り組むこともある」ということらしい。

なかなか硬い言葉だが、「大学生の無気力症候群」とでも言えば、少し馴染みが出てくるかもしれない。「5月病」のもっと長いヴァージョン?病気とは言えないような軽い状態も含めれば結構そういう人が多いような気もする。

また、この病気自体は他の世代、例えば新入社員などにも言えて、サラリーマン・アパシーなどと名前を変えているのだとか。同じく本業(仕事)に対して無関心・無気力になってしまうという症状のようですが、スチューデントアパシーと共に原因がよく分かっていないのが現状。

原因には諸説あるようですが…
・真面目な人に多い
・人の期待に答えようとする人に多い
・将来に対して漫然とした不安を持っている
みたいな傾向があることから、競争社会に疲れた人とか、自分で目的を持っていないことが原因というのが有力な模様。

僕としては社会全体の風潮の変化も原因なのかな、とも思ってしまう。言うなれば社会学的な側面からのアプローチ。ここからはただの推測。

このスチューデントアパシーが顕在化し、名前がつけられたのは1973年。第1次オイルショックが起きた年です。オイルショックというのは、高度経済成長期を越え、日本人の生活がある程度豊かになりきった、という1つの区切りとしての意味合いも強い。では大学生にとってはどうだったのか。

それまでは大学生には選択肢がなかった。「良い大学に入りそこで勉強し、良い企業に入って豊かな生活を目指す」という「大きな物語」、多くの人が望む世界像というものがあり、その物語の一部として大学は位置付けられ、その物語に従うしかなかったから。しかし、オイルショックが象徴するように、人々の生活が豊かになったことで「大きな物語」にひびが入った。

「大きな物語」というのは人に目的を与えてくれる。人は何も考えなくてもよく、常に目的が存在する状態に置かれる。実に近代的だが、この「大きな物語」の崩壊で一番割りを食ったのが大学生だったというだけの話。社会に出るまで、出てからのレールがぼやけ、自分で大学に行く目的を定めなければならなくなった。

この状況に適応できなかったからスチューデントアパシーは発生したのではないか。スチューデントアパシーの発生は近代的なシステムの崩壊に起因するのではないか、ということ。

さて、振り返って今を考えると「大学生の無気力症候群」みたいな話は未だに健在であるように感じる。しかし、昔のスチューデントアパシーとはもう質が違う。(物質的)豊かさを目指すという「大きな物語」は完全に崩壊し、多くの人が目的もなく大学に行くことが増えた今、(強制される)勉学に対して無気力であることが主流になったようにも感じる。そうなれば、もはやこれは「病気(異常)」ではなく「正常」になりつつあるのだろう。異常だと感じるのは今の社会人、大学生よりも上の世代だけだ。

病理ではなくなった今、スチューデントアパシーを論じ、揶揄する意味は消えるのか、それとも大学や企業などの位置づけ、存在の意義を変化させることでこの状況に対応するのか。時代はどちらを選択するのだろうか。

2010年4月29日木曜日

おもしろいこと、始めました

はじめまして!
慶應義塾大学武山政直研究会にて
都市メディアとコミュニケーションをテーマに研究活動をしております。
鈴木章浩と申します。

今後こちらのブログでは武山研究会の7期(1988年生まれ)で、
新しいこと、楽しいこと、面白いことあたりの情報を配信していきます。
未だ手探り状態ですが、宜しくお願いします。


【情報共有】
楽しいこと、面白いこと:
おもしろいこと
http://gitanez.seesaa.net/article/128939930.html
楽しむための工夫
http://gitanez.seesaa.net/article/129447684.html

どちらも「デザイン思考の仕事術」の棚橋さんのブログからのエントリーです。
内容は、具体的な楽しいこと、面白いことではなく
楽しむためにどのような要件があるか、
面白いことに対してどのような考え方が必要か、
の2点を中心に書かれています。

ブログ記事から要点を以下に抜粋。
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「おもしろいことやりたいな」という場合は、おもしろいことはそれを口にする
人にとって自分がやるべきことと認識されています。一方、
「なにかおもしろいことないかな」という場合は、おもしろいことはそれを
口にする人にとって自分の行動とは関わりなく、どこかにすでに存在していることが
想定されています。前者が自分が能動的に関わらないとおもしろくならないと
考えられるのに対して、後者は受動的におもしろいものがどこかから来るのを
待っているところがあります。

やるか/やらないかと、あるか/ないかの違い。
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自分自身では遊ぶ力がない人が遊ぶためには、せめて力ある人の遊びを
学び=真似び、その人が遊ぶ力になることで自らもその人とともに遊ぶことを
考えることが必要なんでしょうね。日常の既成概念にまどわされずリスクを
とって遊ぶということがどういうことか。先人からよく学んで、ともにその体験を
共有させてもらうことで、イノベーションとは何か、新しくおもしろいことを
実現するというのはどういうことかを知っていくのでしょう。
-------
もちろん、仕事なので辛いこともあれば、いやなこともある。
ただ、辛くても楽しい、いやなこともあれば楽しいこともあるという
状態になるよう、自分で工夫しないといけない。辛いことや
いやなことばかりであれば、仕事のモチベーションもあがらないだろうから、
そこは自分で工夫して仕事が楽しくなるよう心掛けないといけない
-------
◆目標を定め、戦略を練る
数値目標をつくることで、それを達成する過程をゲーム化するのだ。
目標を立てたらそれを達成するための戦略を練る。ただ単にぼんやりと
努力するというのでは、楽しくはならない。ゲームとして楽しむためには、
自分で考えて戦略を練ることが大事だ。
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◆制約条件をつける
規制の限界内での自由な反応を即座に発見し、創案せねばならぬ、
そこにこそ遊びがある。野球やサッカーにはルールがある。
鬼ごっこでもトランプでもそうだ。そのルールの制約のなかでいかに
勝つかを工夫するところに遊びの楽しさは生まれる。仕事においても
大事なのは、この規制=制約を理解し、そのなかで自由を発見することだ。
どう自分が振舞えばよいか、その振る舞いを規制するものは何で、
その規制を厳守しつつも自分に与えられた自由をいかに有益に使い
結果を出すか。そこを考えないと仕事は楽しくならない。
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◆工夫をする=考えて自分のものにする
仕事を他人から与えられたままにやっている分には、仕事が
楽しくなることなどはない。仕事は自分のものにできるから楽しむことが
できるようになる。そして、自分のものにするためには、自分で考えて、
自分で工夫をしなければ、そうはならない。仕事において負の部分を
なしにしたいと思っても無駄だ。負をなくしたいというところに目を向けるから
だめなのであって、負は仕方がないと思いつつ、いかにそこに自分なりの
楽しみをつくる工夫ができるかどうかだ。
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以上、仕事を楽しむために考慮すべきところです。
あと、個人的に、面白いことをやる条件は「仲間がいること」だと思います。
一人ではできることも限られるし、
何より思い出を共有することができないというのは悲しいことだからです。

その意味で、多くの団体活動には楽しむためのインフラが揃っていると考えます。
楽しいことを探すのではなく、創りだそうとする心意気さえあれば、
どんな状況も、どんな仕事も、どんな人とも、楽しめるべきです。
それは心の在り方次第。自分がそう在れるかどうかにかかっています。


「おもしろいこと、やりたいな」


今後とも頑張っていきます。